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Daily life of mother of autistic child

- Daily life of mother of autistic child -

積み重ねてきた時間と経験は、「日常」の中に溶け込んでいる

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毎週末、持ち帰ってくる上履き。

正直、洗うのがめんどくさい。

 

自分で洗ってくれるようになる日は、くるのかな。

もしかして、ずっと私が洗い続けるのかな。

汚れの目立たない黒色の上履きとかあったらいいのに。

 

そんなことを考えながらも、汚れ具合や甲の部分のゴムが伸びてきた様子、糊が剥がれてきている箇所に、普段見ることのできない幼稚園での姿を少し想像してみる。

 

止めどなく流れゆく日々の中で、辛いことも苦しかったことも変化していく。

億劫に感じるのは、積み重ねてきた経験が”日常”と化した証拠だ。

 

 

幼稚園に入園してしばらく、上履きがはけなかった。

振り返ってみれば、1歳のころから靴へのこだわりや感覚の過敏さが見られた。

Asicsのファーストシューズがサイズアウトしたため、別メーカーの靴を買い与えるが履いてくれない。

「同じ靴がいいんじゃないか」と実母からのアドバイスで、同じ靴を買うとすんなり履いてくれた。

Asicsのファーストシューズは3代続いたが、いかんせんサイズには限界がある。

本人が気に入るものを買ってあげようにも、お店に入ることも拒否で、今履いている靴を脱がせようとすると癇癪を起こす。試着ができない。

 

靴問題は、5歳まで続いた。

そんな中での幼稚園入園。指定の外靴に、上履き。もちろん、どちらも拒否から始まった。

 

 

 

真っ白のまま持ち帰ってくる上履きを見るたびに、胸がぎゅっとなる。

上履きだけじゃない、外靴も、制服すら身に付けられないでいた。

 

やっぱり、幼稚園は長男にとって厳しかったのかもしれない……。

 

上履きの代わりに真っ黒に汚れた靴下を洗っていると、幼稚園の先生や長男に対する申し訳なさで心が押しつぶされそうだった。

 

「今日は1回だけ、履いてくれましたよ」

「声をかけたら、自分で履いてくれました」

 

少しずつ、少しずつ、汚れを重ねる上履き。少しずつ、少しずつ、環境に馴染もうと頑張っている長男の成長。

靴底に埋まった粘土を見た日は、「どんな粘土踏んだらこんなことになんねん」と笑いながら泣いた。

 

思い出すとあの頃の自分を抱きしめてあげたくなるような、苦しく、出口の見えなかった日々も、今では不思議と笑い話に変わっていた。

 

いつしか、上履きが汚れることが当たり前になり、「これを履いて、どんな園生活を過ごしているのか」と想いを馳せるより、汚れた上履きにため息をつくようになっていた。

 

この日常こそ、長男の歩んできた成長の過程だということを忘れていた。

あれほど「ママ」と呼んでほしかった日々を裏切るかのように、「ママ」と呼ばれ続ける毎日に疲れを感じていることも思い出した。

つくづく勝手な人間だと、自分にも大きくため息をつく。

 

今、私が見ている子どもの姿は、昨日までの時間と経験を重ねてきた成長の証。

あの頃抱いていた悩みや苦しみが何気ない日常に変わったのは、今日までの日々が続いてきたからだ。

 

色褪せた通園バッグと丈の足りなくなった制服を着た長男は、「いってきます」と自ら手を放して園門をくぐっていく。

 

今日もたくさん汚しておいで。

何度でも、何度でも、ママがきれいにしてあげるから。

 

 

おまめ

 

おすすめ過ぎる上履き洗い