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Daily life of mother of autistic child

- Daily life of mother of autistic child -

怠惰でもなく、甘えでもなく、それは穏やかな安心感を

長男が2歳半から作り続けている弁当。

 

試行錯誤の末、たどり着いたメニューは、もう4年変わらない。

 

あのときは、毎日のように同じ中身の詰まった弁当を持って、療育に通った。

 

2年前、幼稚園に入園してからは週1回に減ったけれど、変わらずに、米粒一つ残さず完食する。

 

 

いまだに持ち帰った弁当箱を開ける瞬間は、小さく緊張する。

 

長男は偏食で、昨日まで食べていたものを、前触れなく突然食べなくなることが、これまで幾度となくあった。

 

あの時の絶望感といったら、たまらない。

ただでさえ、食べられるものが少ないのに、また一つ食べてくれるものが減ったのかと愕然とする。

 

 

空っぽの弁当箱に安堵し、「全部食べてくれて、ありがとう」と伝えると、「うん」と応える長男。

 

小さく笑った表情は、どこか誇らしげに見える。

 

このやりとりを、あと何回できるだろうか。

 

今朝、いつもの偏食弁当を作りながら、寂しさと開放感を同時に感じていた。

 

 

 

発達障害、特に自閉スペクトラム症を抱えている子の中で、偏食のある子は8割を超えるという論文がある。

 

その論文には、幼児期をピークに、就学以降は改善する子が多いと書かれていたが、中には偏食が残る子もいる。

 

自閉スペクトラム症のある子にとっての偏食は、決して好き嫌いではない。

 

だからこそ、親がどれだけ努力を重ねても、食べられるものが増えるどころか、逆に減っていくことすらある。

 

なんとも、無情な世界だ。

 

 

見た目、味、触感、匂い、私たちには想像できないくらいの、未知のものへの不安を抱えている。

 

「食べてから判断する」「一回食べてみよう」ということができない。

 

 

いつも食べているものですら、一度の不快感で、それ以降食べなくなることも少なくない。

 

その日、たまたまブドウの種を食べてしまったから、それ以降ブドウを食べなくなるとか。

 

その日、たまたま食べた唐揚げの衣が少し硬かったから、それ以降、唐揚げを食べなくなるとか。

 

「たまたま」を「たまたま」と処理しきれないのは、どれだけ生きづらいだろう。

 

 

偏食のしんどさは、周囲の理解さえあれば、本人にとっては(栄養面を除いて)さほど大きな問題にはならない。

 

しかし、親にとっては、大きな悩みとストレスの根源となる。

 

頑張れば頑張るほど、親としての責任感が苦しく、重いものとなる。

頑張っても頑張っても、報われないことのほうが多い。

 

作っては、捨て。

作っては、捨て。

 

これならどうだ……!!大勝負に出て、成功した試しはない。

 

「美味しいから、一回食べてみて」

きつく結んだ唇は、決して開かない。

 

「一口だけでも」

無理にでも口に運べば、スプーンごと跳ね返される。

 

 

理由もわからぬまま、一口も食べてもらえない。それが1日に3度もあるのだ。

 

怒っても、泣いても、懇願しても、現状は変わらないし、巷の「偏食改善」なんてものは、一切通用しない。

 

いつからか、栄養を考えるのをやめ、食べられるものを増やす努力を放棄し、毎日同じものを出すようになった。

 

 

長男の子育てに置いて、「良かれと思ったこと」はたいがい裏目に出た。

 

現状をありのまま受け止めるしかない。

目の前の長男の行動に疑問を持たず、彼が望むように立ち回る。

 

それが「長男を育てる」ということ。

 

 

そんな「長男育て」は、常に不安と葛藤が付きまとう。

 

これでいいのかな……。

間違っていないのかな……。

 

私じゃなかったら、もっとうまく育てられたのでは……。

 

毎日飽きもせず24時間ぴったりと寄り添ってくる不安と葛藤たちは、私から離れる気はさらさらないらしい。

 

ならばいっそのこと、一緒に長男を見守ってくれよと諦め半分で不安と戦うのをやめた。

 

すると、不思議と、見える世界が、長男を見る角度が変わった。

 

 

「長男育て」で一番大切なことは、長男が大切にしたいことを一緒に守ってあげることなのか。

 

 

 

変わらないものなんてない。

時代も、世の中も、人も変わる。長男だって、成長という変化を遂げる。

 

でも、長男は「変わらないものを大切にしたい」人なのだ。

 

 

長男の成長に寄り添いながら、一番近くて、彼の大切にしたいものを守り続けていく。

 

それが、自閉スペクトラム症を抱えた、長男を育てるということ。

 

そこにあるのは、怠惰でも、甘えでもなく、穏やかな安心感。

 

不安と葛藤と戦いながら、偏食弁当を作り続けてきた4年の月日が、私に気づかせてくれたこと。

 

 

おまめ